平成が終わり令和となりました。

平成の最後の日には、天皇陛下が最後のおことばを述べられました。

今日(こんにち)をもち、天皇としての務めを終えることになりました。

ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。

即位から三十年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。

明日(あす)から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

苦難多き平成の御代でしたが、両陛下の存在は、多くの人々の心の支えになっていたと思います。

人々に対する気さくさと優しさ、被災地をお見舞いされるお姿を拝見するたびに日本人である事と日本に生まれた事への感謝の念が湧いておりました。
30年に渡り、誠にありがとうございました。

これから新時代に入りますが、平和な時代になるように願います。

 

ここで日本の元号の由来を。

日本の元号はもともとは中華皇帝の権力を示すもののひとつでした。
皇帝が支配するものは普通領域、軍事力、司法立法、人民に集約されますが、中国や日本などの中国文化圏において皇帝の支配領域は時間にも及ぶと考えられてきました。

そのため、皇帝が(気分で)元号を変えるというのが皇帝の時間支配を象徴するものだったのです。
また、中国皇帝は朝貢国に対して「中国と同じ元号とカレンダーを使うこと」という強い要求をしてきました。これも中国皇帝が、他人の時間を支配するということの象徴になります。

また日本でいうと「大化」という元号を定めたことも、中国からの冊封体制に対する独立性の明示とみることができます。
この時間支配という考え方は暦にも表れています。

中国や日本において権力の頂点にあるものは時間をも支配するという考え方が広く浸透していたのです。

日本で元号を決めるのはその名残で、ただ明治期になって立憲君主制という制度を取るにあたって天皇の気分で暦を変えられたらちょっとやばいよねということで一世一元になりました。

これも極論すれば「(お隠れという)天皇の都合」で暦が変わることには変わりないわけですから、やはり天皇による時間支配の象徴としての元号という思想には一貫性があります。